学生は学業を勉強し、良い就職先で働くために勉強します。
私は学業も勉強せず、社会についてもほとんど何も知らないまま働きました。
今思うと色々勘違いしていたんですよ。勘違いしているから身内びいきが凄くて自分だけが損をしていると思ったり。
学校ではえこひいきはダメだと習いますよね。
しかし、社会に出るとどこに行っても えこひいきはあるんじゃないかと思うんです。
嫌なことを嫌々やっているうちは、会社の中で上手く行くことは無理かもしれません。
嫌な気分で働くと、プライベートでも、よく仕事のことをネガティブに考えてしまいます。それは後○○時間すれば仕事だとか考えるんです。
休みの日ですらそんな感じですから、ず~っと嫌な気分で過ごしていることになります。
それでどんどん被害者意識が強くなり、ストレスにより暴飲暴食、挙句の果てには胃に潰瘍が出来ることになります(私の経験です)。
病は気からというように、気を病むと本当に病気になりやすいんです。会社に行くのが嫌だと思ったら、頭が痛くなったり、熱が出たりします。
そんな状態に陥ってしまったとき、人はそこから抜け出すことがなかなか出来ないと思うんです。
そこから会社を辞めて逃げ出すことは出来るはずです。しかし、どこに行っても今の状態では同じような状態になることが多いと思うのです。
引き寄せの法則というのがありますが、まさしく今の現実は自ら引き寄せていると考えてもいいと思うのです。
難しく考えずに簡単に考えてもらいたいのですが、人を笑顔にしたければ、自ら笑顔になることが効果的な方法ですよね。
これは、笑顔が笑顔を呼び寄せている、と言えます。笑顔にしたいのに、自身のない顔や、相手が不快に感じる嫌な顔、暗い顔などをしていた場合、相手が面白いこと言動をしてくれないとお互いに笑い合うことは出来ませんよね。
これが問題なんだと思います。マツコになっていないでしょうか。デラックスさんの話ではないです。
待つ子になっていませんか。与えて貰うのが当たり前と考えているのは自立できていないんです。
楽しいことをやって楽しいとか当たり前で、たまにくる楽しいことを待つだけの状態ではあんまり楽しくないんですよ。
待つ子の状態では、どこに行っても振り回されっぱなしになるんです。これが楽しいはずありません。
まず自分からなんです。会社でえこひいきされたからではなく、えこひいきされるのが当たり前だと覚悟していて、自分がひいきされるには?と考えたとき、笑顔や感謝しかないんです。
不幸の元には不幸が集まりやすいんです。類は友を呼ぶと言いますが、愚痴を言う人は愚痴を言う人と仲良くなるんです。
共通の敵を話題にし、悪愚痴を言っていても根本的な解決にはならないのです。
しかし、たくさん勉強を頑張り就職先が見つかり働けるようになったとき、それはただのスタートですよね。
次のステージに必要な社会の勉強をしなければならないはずです。
使えない学校教育の勉強ではなく、使える社会での勉強をする必要があります。
このようなことを理解しておかないと、社会と学校での根本的な考え方の違いに苦しめられるかもしれません。
私は学業も勉強せず、社会についてもほとんど何も知らないまま働きました。
今思うと色々勘違いしていたんですよ。勘違いしているから身内びいきが凄くて自分だけが損をしていると思ったり。
学校ではえこひいきはダメだと習いますよね。
しかし、社会に出るとどこに行っても えこひいきはあるんじゃないかと思うんです。
自分の発言が受け入れられるとは限りませんし、分からないことがあって質問すると嫌な顔されることもあります。
質問して嫌な顔をされる原因の多くはこれじゃないかと思うことがあります。
それは、何か仕事を頼まれたとき、自分が損とか、やらされているとか不平不満をもっていれば、仕事を引き受ける時の顔の表情や、返事の仕方が全然違うはずです。
頼む側の人も人間です。人に物事を頼むというのは気を使います。気を使いながら頼んでいるのに、嫌そうな顔や声でやっている人を見ると嫌な気分になりますよね。
こういう嫌な気分をした人は通常、人に話します。人に話せば、他の人までもが嫌な気分になり嫌な気分にさせた人を嫌う傾向にあるんじゃないかと思うんです。
質問して嫌な顔をされる原因の多くはこれじゃないかと思うことがあります。
それは、何か仕事を頼まれたとき、自分が損とか、やらされているとか不平不満をもっていれば、仕事を引き受ける時の顔の表情や、返事の仕方が全然違うはずです。
頼む側の人も人間です。人に物事を頼むというのは気を使います。気を使いながら頼んでいるのに、嫌そうな顔や声でやっている人を見ると嫌な気分になりますよね。
こういう嫌な気分をした人は通常、人に話します。人に話せば、他の人までもが嫌な気分になり嫌な気分にさせた人を嫌う傾向にあるんじゃないかと思うんです。
嫌なことを嫌々やっているうちは、会社の中で上手く行くことは無理かもしれません。
嫌な気分で働くと、プライベートでも、よく仕事のことをネガティブに考えてしまいます。それは後○○時間すれば仕事だとか考えるんです。
休みの日ですらそんな感じですから、ず~っと嫌な気分で過ごしていることになります。
それでどんどん被害者意識が強くなり、ストレスにより暴飲暴食、挙句の果てには胃に潰瘍が出来ることになります(私の経験です)。
病は気からというように、気を病むと本当に病気になりやすいんです。会社に行くのが嫌だと思ったら、頭が痛くなったり、熱が出たりします。
そんな状態に陥ってしまったとき、人はそこから抜け出すことがなかなか出来ないと思うんです。
そこから会社を辞めて逃げ出すことは出来るはずです。しかし、どこに行っても今の状態では同じような状態になることが多いと思うのです。
引き寄せの法則というのがありますが、まさしく今の現実は自ら引き寄せていると考えてもいいと思うのです。
難しく考えずに簡単に考えてもらいたいのですが、人を笑顔にしたければ、自ら笑顔になることが効果的な方法ですよね。
これは、笑顔が笑顔を呼び寄せている、と言えます。笑顔にしたいのに、自身のない顔や、相手が不快に感じる嫌な顔、暗い顔などをしていた場合、相手が面白いこと言動をしてくれないとお互いに笑い合うことは出来ませんよね。
これが問題なんだと思います。マツコになっていないでしょうか。デラックスさんの話ではないです。
待つ子になっていませんか。与えて貰うのが当たり前と考えているのは自立できていないんです。
楽しいことをやって楽しいとか当たり前で、たまにくる楽しいことを待つだけの状態ではあんまり楽しくないんですよ。
待つ子の状態では、どこに行っても振り回されっぱなしになるんです。これが楽しいはずありません。
まず自分からなんです。会社でえこひいきされたからではなく、えこひいきされるのが当たり前だと覚悟していて、自分がひいきされるには?と考えたとき、笑顔や感謝しかないんです。
不幸の元には不幸が集まりやすいんです。類は友を呼ぶと言いますが、愚痴を言う人は愚痴を言う人と仲良くなるんです。
共通の敵を話題にし、悪愚痴を言っていても根本的な解決にはならないのです。
自分だけ明らかに理不尽な目に合っているように感じる。
毎日こんなことを経験すると通常なら働くことが嫌になります。
しかしこれが社会勉強不足という証拠かもしれません。理不尽な目に合わないように考え行動しなくてはならないんです。
みんな平等というのは、学校のみの学校教育に便利で必要なことだからと考えて下さい。
勿論、人を差別することを進めているのではありません。差別されるかもしれない中でも上手くやってやるという気持ちの話です。
結局は根性かよ・・・。とかそういう話でもありません。根性ではなくこれが当たり前の社会の姿なのだと捉える必要があるのだと思うのです。
どこにいても自分の役割を常に理解することに努め、その役割の中での良い人間を目指さなくてはならないのではないでしょうか。
不況だから、俺は○○だからというネガティブに考えても楽しく生きれません。マツコの状態を辞め、与える子になることを考えなくては、人生を楽しむためには遠い話なのかもしれません。
人に与えるようになるには勉強が不可欠です。楽しく生きていくために知恵を養ってください。
しかしこれが社会勉強不足という証拠かもしれません。理不尽な目に合わないように考え行動しなくてはならないんです。
みんな平等というのは、学校のみの学校教育に便利で必要なことだからと考えて下さい。
勿論、人を差別することを進めているのではありません。差別されるかもしれない中でも上手くやってやるという気持ちの話です。
結局は根性かよ・・・。とかそういう話でもありません。根性ではなくこれが当たり前の社会の姿なのだと捉える必要があるのだと思うのです。
どこにいても自分の役割を常に理解することに努め、その役割の中での良い人間を目指さなくてはならないのではないでしょうか。
不況だから、俺は○○だからというネガティブに考えても楽しく生きれません。マツコの状態を辞め、与える子になることを考えなくては、人生を楽しむためには遠い話なのかもしれません。
人に与えるようになるには勉強が不可欠です。楽しく生きていくために知恵を養ってください。